【大学卒業】女子大生が世界一周を仕事にしたくて大学休学したら…その後
そういえば大学卒業したの?
と聞かれるので
「卒業しました」
5年間も大学生をやらせてもらい
まあ最高の自由な時間を満喫した
とっても充実の5年間になりました。
受験の時にお世話になった方々から
行かせてくれた両親
見守ってくださった周りの方全員
本当にありがとうございました。
自己満足で申し訳ありませんが
ふと思い出したくなったので
5年間ハイライトやりまーす
大学1年生
「バイト、サークル、部活、遊びに明け暮れる」
入学したわたしが
輝かしい大学デビューを果たすために
海外インターンシップを運営する
アイセックという学生NPOで活動をはじめた最初の合宿。
この頃はまだ髪長かったです。
このキラキラ学生団体に入ったら
わたしも海外に行きまくって
めちゃすご大学生になれるう~うひょ~
って思ってました。
いざ入ってみたら、
自分が海外に行く側ではなく
海外に行ったり、海外から来たりする学生を
サポートする立場でした。
聞いてないっす。
でも、アイセックで学んだ
ビジネスマナーなど、その後自分で
仕事をしていく上でなくてはならなかった経験で
当時の先輩には本当にお世話になりました。
その他軽音楽部に入ってベースをはじめたり
こどものキャンプボランティアに参加して
絶対保育士は向いてないと確信したり
バイトを3つくらい掛け持ちして倒れたり
飲み会。徹夜でボーリング、たこパ…
THE大学生を満喫しまくりました。
でも、どうしても海外へ行きたい欲求は抑えきれず
春休みにアイセックの友人と
二人でバックパックを背負いシンガポール&バリへ。
今思えばどうしてそんなイケイケな国に
わざわざ貧乏バックパック旅行しようとしたのか
わからないのですがこの時バックパックを背負ったことが
わたしの大学休学&世界一周への第一歩だったのです。
大学2年生
「青春さいこおおおおおおおおおうひょおおおおお」
大学生っぽい感じで国内を旅行したりもしました。
岐阜三重静岡などの東海地方から
関西、関東あちこち
大学生になると車持ってたりバイク持ってたり
ドライブに連れて行ってくれる仲間が増えるので
高校生よりもぐんと活動の幅が広がり
高校生時代に部活に明け暮れ
恋人はトランペット♡(吹奏楽部)
とか言っていた干物女の時代は終わりを告げ
「青春」という名の日々に溺れる
大学生あるあるである
海外留学にも行きました。
6週間のシドニー滞在で、
英語が上達したというよりは
身体と顔が横に発達した。
でも、長期で海外に住む経験をしたことで
その後海外バックパック旅で
あまり辛さを感じなかったのもあるかもしれません。
おばあちゃん、おじいちゃん、心配しながらも
やりたいことやらせてくれて、
そのためにお金も出してくれて、
本当にありがとうございます。
バイトで貯めたお金は毎回海外旅行に消える。笑
トルコのカッパドキア、年間300日は飛ぶ
と言われた気球ツアーが悪天候で中止になり
リベンジを誓う。
大学3年生
「さよなら、THE大学生…」
大学のフリーペーパー編集部の立ち上げに携わる。
このあたりから授業も減り
大学に行く日数も週の半分ほどになる。
大学の近くで、先輩が営んでいたカフェで
お手伝いをはじめる。
お姉ちゃんのお手伝いしてるみたいで
いろいろな話をしたし
いろいろな方が話しに来て毎回行くのが楽しみ!
っていう楽しい経験。
他愛のない話をしながら
ふっと肩の力が抜ける場所が
もっとあったらいいのになあ
と、この頃から思いはじめた。
「時給〇〇円」という方法以外での
価値の生まれ方を学びました。
取材として沖縄へ行ったり
動画の編集をしたり
ライターとして仕事をもらったり
デザインの勉強を始めたのもこの頃でした。
世界一周は既に後に引けなくなっており
まあまあそれを楽しみにしている自分もいました。
TABIPPOが開催していた
世界一周航空券がもらえる大会で
自分が世界一周でなにをするかプレゼンしたりも。
当時の3次進出した仲間は
今でもつながっていて
めちゃくちゃ刺激をもらっています。
この頃から沖縄にハマり
すでに今年で5回目?
唯一大学入学時から続いた
結婚式場のアルバイトも一旦退職。
いよいよ休学へ。
休学生
「休学して世界一周してる系女子ですが…何か?」
みてください。出ましたこのドヤ顔
これ、世界一周するといって出国し
最初の夜ベトナムで知り合った
おじいさんとお姉さんと3人で行った
ちょっと良いホテルのバーです。どや
貧乏バックパッカーのはずなのに…
ちょっと髙いお酒飲んで
ウインドブレーカー着てサンダルで
バーとか行っちゃってる。
その後騙されたり
デング熱にかかったりしながら
三ヶ月後一時帰国。
再び沖縄へ舞い戻り
ラジオに出演させてもらいました。
仕事はそれだけだったので
そのまま遊びまわって放浪して
たまに路上でヘナタトゥー屋やって。
その後軽井沢で住み込みで働いた後
再出国。
ちなみにこれはバスに乗り遅れる3分前の写真です。
結局出国予定の鳥取に行くために大阪に
バスで行くつもりが急遽近鉄になりました。
先が思いやられる…
再出国1ヶ月後
貯金もあまり余裕がなくなり
なんだか旅を楽しむこともできなくなり
帰りたいという気持ちでいっぱいのまま
言われるがまま向かったモンゴルの山
この景色が世界一周した中で
一番印象に残っています。
地平線の遥か向こうまで
ずーっと続く山々と川、雄大な自然。
この景色はわたしが生まれる
何百年も前からずっとこのままで
わたしが死んでも何百年もきっとずっと、このまま。
人生で一番、距離的にも時間的にも
「遠く」を見渡した瞬間でした。
その時に今までの自分がとっても小さく思えて。
わたしは別に
世界一周しようがしまいが「わたし」でしかなくて
それがすごいとかすごくないとかでもなくて
ただひとりの「わたし」でしかないこと。
他人とくらべてどうだとか
優れているとか劣っているとか
そんなこともなくって。
それに気がついてふっと肩に勝手に背負っていた
重たい荷物がなくなってわたしはそれから
とっても軽やかに旅を純粋に楽しむことが
できるようになりました。
食べたいときに食べたいものを食べて
眠くなったら寝て
移動したいときにとなりの国へ行き
休みたいときは徹底的にだらだらする。
自分の「やりたいこと」に
正直に生きるための第一歩が
この世界一周だったんだなあと思っています。
世界一周なんて時間さえあればできるんじゃん。すごいことでもなんでも無い。ただひとつ言えるとすれば、自分がどこで何をしてても世界ではそんなこと関係なく、今日も絶景は広がり、路上に人は溢れ、草原を馬が走り、生きる為に盗み、そんな世界と足元の地面で繋がってるって知れて良かったと
— 山口夏未@世界一周終了 (@gusssan_free) 2015年3月2日
大学4年生
「幸せ最高毎日楽しいいえいいえい」
まあこのあたりからは
ご存知の方も多いかと思いますので
写真でさくっと振り返る一年
ヘナタトゥー出店再開してみたり
佐久島で働いてみたり
セブ島行ってはっちゃけて
そのまま道草という旅行会社をお手伝いすることになり
年末には大須の雑貨屋さんに
出店させてもらえることになり
そのまま奥のスペースのプロデュースまで
任せていただけることになり
2月はタイへ飛びノマド気取ってみたり
3月は慌ただしく過ぎ去ってあっと言う間に
卒業という日へ。
ちなみに卒業式には
出席しなかったのですが
その日が卒業式で聞く
名古屋の偉い誰かの話より
よっぽど面白い事件起こったりしてました。
詳しくはこちらをどうぞ。
そんなこんなで
あっと言う間に過ぎ去った5年間ですが
ここまでたっくさんの
楽しすぎる経験ができたのも
良い出会いに恵まれたのも
いつもブログを読んでくださったり
イベントがあれば会いに顔を出してくださったり
何も言わずに支えてくれたり
困ったとき手を差し伸べてくれたり
突然連絡してくれたり
外に連れ出してくれるみなさんのおかげです!
実はほんとに根暗なので!!笑
これからも感謝と楽しみと
あとは社会人としての礼儀を忘れず
毎日わくわくしながら
生きたいなあと思っておりますので
こんなわたしですがどうぞ
よろしくお願いします!!!
あー長かったね。笑
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